◆今から12年前の産経新聞における拙稿2007年3月17日「正論」より転載=欧州からみる安倍内閣は「大胆」

◆欧州からみる安倍内閣は「大胆」

(産経新聞  2007年3月17日「正論」より転載)
  

 ≪欧州との大きな温度差≫

 安倍晋三首相は戦後生まれの52歳、偶然だがドイツ初の女性首相メルケル氏と同年である。
日本では戦後初の最年少首相の登場だそうだが、先進諸国では50歳代の首班もさほど珍しくない。
私など日本の首相もようやく先進国並みに若返ったと拍手喝采(かっさい)したものだ。

 その安倍氏が内閣総理大臣に指名されたのは平成18年9月26日だったから、
就任してまだ半年だ。それなのに、今回日本へ帰国して面食らってしまった。
相と一枚岩であるべき閣僚や自民党内から次々と安倍首相の見解と異なる発言が
飛び出しているばかりか、
国民や識者の間でも安倍首相のマイナス面の方を強調する空気があり、
安倍政権短命論さえ聞かれたからだ。与党内の不協和音は
米国議会下院の慰安婦非難決議案審議に絡む動きの中でも続いている。

 しかし、当地ドイツから見る安倍首相像は、それらとは少なからぬ温度差があり、
違和感を覚える。
例えば、ドイツの有力紙「フランクフルター・アルゲマイネ」は安倍首相の訪独の際、
第3面のほぼ1ページを割いて「安倍首相は、
内政では戦後最大のがんだった教育基本法の改正にメスを入れ、
国際テロや極東アジアにおける緊張の高まりに備え、
国防重視の必要性を訴えて防衛庁の『省』への格上げを実現した」と実績を強調したばかりか、
「日本でもようやく現代の凄惨(せいさん)な情報戦に対応し日本版NSC(国家安全保障会議)創設の筋道をつけた」と紹介した。

 ≪日本に珍しい斬新な首相≫

 外交面でも評価は高い。安倍首相は就任早々、欧州主要三国英・独・仏、さらにベルギー所在の北大西洋条約機構(NATO)本部を訪問、日本の首相として初めて「自衛隊の海外活動をためらわない」と演説し、日本の防衛相や外相をNATOの関係会議に参加させるほか、アフガニスタン復興支援活動など人道分野でNATOとの連携を深める姿勢を明示した。

 これにより、日本の新しい国家像を内外に印象づけたわけで、欧州では戦後の日本の首相としては珍しく大胆かつ斬新な政治家として、一目を置かれている。

 その理由を私が親しくしているドイツ言論界の仲間たちは、戦後生まれのメルケル首相と重ね合わせ、安倍首相が、戦争を実体験し「自虐意識の虜(とりこ)」になっていた旧世代とは全く違う新しいセンスを持ち、「戦後」の空気を思う存分吸ってのびのびと育った世代に属するからに違いない、と解釈している。

 それなのに日本国内では何ということだろう。

 日本の閣内や与党内の足並みの乱れは、背景に戦後最も若い首相の誕生を快く思わない旧世代の反発があり、嫉妬(しっと)も入り交じっての「世代間抗争」がエスカレートしているのではないか。また「自民党をぶっ壊す」というスローガンのもと鉄のような固い意志で自らの政治信念を貫いた小泉前首相のイメージが強く、つい現在の安倍首相と比較してしまうのかもしれない。

 ≪腰を据え政治にあたる≫

 ドイツのメルケル政権は保革2大政党による大連立で、主義も主張も水と油に近い。与党同士はもちろん、党内や閣僚の間でも常に異論が生じ、つかみかからんばかりの激論が展開する。だが、いったん多数決で決定すれば、一致団結して決定に従う。これが議会制民主主義のイロハと心得ているからだ。

 安倍首相の姿勢に異論を唱え続ける人々はスタートしたばかりの安倍首相の退陣を狙っているのだろうか。もしそうなら、国を代表する「顔」がたびたび変わるようでは、世界各国との真の友好関係を保つことができず、結局国益を損なうことになるのではないかといいたい。

 ちなみに戦後、ドイツの首相はメルケルで8人目だが、日本は安倍首相が28人目に当たる。この数字は何を意味するのだろうか。日本とドイツどちらがじっくりと腰を据えて政治にあたることが可能であったか。

 ドイツのコール元首相の任期は16年だった。この長期政権の功罪はいろいろあるが、すくなくとも「ベルリンの壁」崩壊後1年以内にドイツ統一という難事業を実現したことは、その大きな成果といえるだろう。

 指摘するまでもないが、真に日本の国益を追求するのであれば、いたずらに目先の利を追求することで国の方向を誤ってはならない。「主張する外交」を標榜(ひょうぼう)し、戦後歴代の首相が果たせなかった国家安全保障、教育、憲法の新しい枠組み構築をめざす安倍内閣に期待したいと思うのだが、いかがだろうか。