■中井氏のバレバレセンチメンタルジャーニー

◆菅ルート対北交渉、露見した裏取引の現場

◆菅ルート対北交渉の危険度・・・露見した裏取引の現場
(東アジア黙示録 より)http://dogma.at.webry.info/201107/article_9.html
センチメンタルジャーニー。2 (動画)
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=HUVesTllU4s

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■YUKI von MURATA氏からの
福島第一原発事故レポート その6
1-6.避難地域20-30km 
(2部:ウクライナ共和国-チェルノブイリ原発事故報告-参照)
◆放射物資汚染なら一刻も早く避難
◆避難地域では、家畜に情緒論不必要、
◆宮崎県では口蹄疫に汚染された牛は?
◆インテリジェンスの世界でも「想像力」は必須
◆どうでもいいところが厳しく、必要なところが甘い危機管理
◆汚染された藁によって、肉牛の肉が汚染

1-6-1避難地域での法的に一時的に私権の停止ができない政府。
◆放射物資汚染なら一刻も早く避難させなければならない。一方、放射性物質でなく細菌テロあるいは津波か地震で細菌研究所から感染して数日で死ぬエボラウィルスなどが外部にでた場合はどうするのか? 細菌ならば人、家畜、ペットなど問題地域から逆に出してはならない。最悪の場合は全土に被害が広がるのを食い止めるために、また治療がない場合は、そこはバイオハザード状態になる。そこでは死ぬしかない(住民を外部から出させずに死を待つ、なぜならそこで止めない全土に感染拡大しほとんどの人間が死ぬ場合もある)。このような事態の想定も無いだろう。また対応すべきマニュアルもないだろう。(アメリカ、ドイツ、フランスなどはある。)だが、この残酷な現実を想定するのも政治であり、危機管理の基本である。避難しない住民を刑罰の対象とすることに時間がかかり対応が遅い。だらだら行うと、避難地域に入る行政職員、警官などに必要以上の二重被曝を生むからだ。 今後はこの様な事態を想定し法整備をすすめる事に期待する。

◆避難地域では、家畜、ペットがかわいそうだから放し飼いにさせている。その気持ちはわかるが、これは不適切な対応である。適切に対処すべきである。かわいそうという感情論で論じるべきではない。想像力がないなら、具体例で挙げる。例えば、大きくなったワニが飼えなくなったので、処分するのはかわいそうだから、近くの立ち入り禁止の溜池に放したとしよう。数ヶ月後、少女が壊れた金網から溜池の近くで遊んで、巨大になったワニに食べられた。としたら誰が責任を取るのか?かってに溜池に入った少女か?監督ができなかった親か?違う!ワニか?違う!溜池を管理しなかた行政か?土地所有者か?違う!将来を想像できず、感情論でワニを放した元買主である。もう一つの例、福島で放牧された牛が車に当たり運転手死亡がすることがある。(北欧では鹿が道路に飛び出してドライバーが死亡するケースがある。)。あるいは放し飼いになり野生化した犬が避難地域外で母親と赤ん坊に危害を加える事もある。だれが責任を取るのか?家畜、ペットを飼うという事はそういった状況も考えて責任をもって飼うということを認識する必要がある。それが、酪農家、ペットを飼う者の責務である。そのような責任をもてないなら飼うべきではない。かえって動物を苦しめる事になる。したがって、適切なのは、家畜は政府が酪農家から放射能汚染故に買い取り処分、ペットは買主が飼えないのなら里親探し(極度の放射能汚染でない限り)、無理なら安楽死処分をするしかない。このような指導も政府は怠っている。

1-6-2アメリカ合衆国ならば避難地域に入ることは逮捕または場合によっては射殺もある。

1-6-3また、今回の対応は住民を避難させる事に余りにも時間がかかっている。

◆1-6-4宮崎県では口蹄疫に汚染された牛は牛同士の伝染予防及び人間には感染しないが念のために全頭処分された。が、福島では放射能汚染が基準値以下の牛、豚でも念のために全頭処分するのではなく、一部里親に出させた。一貫性がない対応。したがって、汚染された牛肉、豚肉(遠く離れた宮崎県の豚肉・・・福島から移動された豚)やミルクが出回ることは必然的に予想される。

事実、7月に放射性セシウム137に汚染された福島産牛肉が国内に流通することになる。全頭処分いれば、全頭検査などという後手や余分な予算、作業が省けたはずである。同時に福島産牛の信頼を失う事もなかった。全国の酪農家にも影響(国産肉離れ、売上の低下)の、信用の低下を防げたはず。(国産という表示では、まったく影響のない西日本、九州産の牛か不明なこともあり販売数が著しく低下した。)汚染肉流通後に専門家がいくら安全だといっても、牛肉に対する国民の不安が増加している今日の現状も避けられたはずである。全国の酪農家にも影響(国産肉離れ、売上の低下)の、信用の低下を防げたはず。(国産という表示では、まったく影響のない西日本、九州産の牛か不明なこともあり購買されない・・・安全な地域の牛肉も売れなくなるという悪循環になる。)つまり、農林水産省は事実が明るみ、あるいは、事実とわかるまで対応できていない。想像力がない。大学で解答がある問題に全問正解でも、「答えのない現実の社会問題の世界」では「問題解決能力」が要求されるはず。 この能力は、インテリジェンスの世界でも必要不可欠なサバイバル能力である。

1-6-5つまり神から人間に与えられた「想像力」を用いていないということだ。ならば、そのような「想像力のない」人間とロボット(データーや情報によるシュミレションと人間の無限の想像力とは異なる)違いはどこにあるのか。単なる機械化された存在に自らの存在の価値を落としているに過ぎない◆インテリジェンスの世界でも「想像力」は必須だ。

農林水産省の担当の女性職員には「君の(権限のない)立場からこれ以上伝えることができないのは(初めから)判っているよ(あえて確認させていただいた。)事実を伝えていただかなくっても結構だよ。(我々は既に事実を把握している。ただ、君達のこの問題に対する姿勢、意識は「なにかね?」。それを確認したかった。お陰で情報は十分取れたよ。ありがとう。できるだけ、“平穏”にという体質だということだ。1-3-1再度参照)・・・この危機的な問題ついて・・・君達“女性”が、未来の子供を育てるのだよ。その遺伝子を守らなければならないのではないかね?もっと君達“女性”が、頑張るべきじゃないのかね。」と伝えた。注:( )は発言しない当方の意図。

1-6-6話は変わるが、福島の避難民が関東の避難所で衣服等の放射能検査と除洗したスクリーニング証明がしなければ入室は認めないという処置は差別ではない。その証明書は必要である。それを非難したメディアはとんちんかんな感情論による認識であり危機意識がない。目に見えない放射性物質が除洗されなければ、本人の健康の保護だけでなく他の避難所で汚染物質は拡散され2次被害になる。それが猛毒のプルトニウムによって体内被曝したならば事態は深刻になる。 このようなケースでの差別とは、証明書がありながら排除した場合を意味するはず。

1-6-7このようなことは日本人の性格に関連があるのかもしれないが、
◆どうでもいいところが厳しく、必要なところが甘い危機管理である。例えば原発事故は断層、津波など予見できたはずなのに無視し、事故後に想定外などという言い訳に繋がる。あるいはセシウム137に汚染された福島産牛を育てた酪農家はいけないと思いながら汚染された藁を与えていた。そのような行為に対する予防的な罰則規定を関係省庁は設けていない。

1-6-8話を牛肉に戻そう。放射性物質に家畜が処分される悔しさああるいは悲しさをいだく多くの酪農家の気持ちもわかる。が、汚染された肉を摂取することによって、そのDNAに影響を受けるかもしれない日本人の赤ん坊、幼児、子供、大人とどちらが大切か考慮すべきである。両方とも大事なら、政府は酪農家に全頭補償の上、処分し、国民のDNAを守るべきであった。

◆汚染された藁によって、肉牛の肉が汚染された。一般に、肉牛の出荷は2-3年と短いと聞く。人間の平均寿命は70-80歳と肉牛よりも遥かに長い。長いだけに放射性物物資の蓄積もする。例え、放射性物資の汚染が基準値以下の野菜、ミルク。水等でも、安全かはまだ人類ははっきりした因果関係は実は判っていない。故に、絶対に安全とは断言できない。例えば、僅か25年前のチェルノブイリ原発事故後、人類は放射性物資による汚染によって小児甲状腺癌の因果関係を初めて判明したぐらいだ。汚染された牛肉は、人類への自然からの無言の警告かもしれない。「人間よ、バベルの塔の時代のように奢れるなかれ!もっと自然を見よ!もっと注意せよ!」と。いまなら、まだ間に合うかもしれない。その意味では人間に幸運が残っているという事だ。

次回:1-7.日本政府の曖昧な情報と後手後手につづく。