■曽野綾子氏との共著[いまを生きる覚悟]発刊にあたって。

◆致知出版社 > Web限定随筆 > 筆のしずく > 夕暮れ時に・・・http://www.chichi.co.jp/essay/yamamura/essay18.html
<<”幸せ”という着地点は同じであっても、
廻道や寄り道をしてからようやく辿り着いた”幸せ”と、
何事もなく手にした”幸せ”とは、
また違う境地です。

始めと終わりが一直線ではなく、
蛇行を繰り返しながら、重荷を背負って
どれほど多くの道のりを辿ったかで、
幸せの重みと人生の深みが変わってくる・・・
と言うことでしょうか。

野菜や日用品をスーパーで買って、
持ちきれないほどの荷物を両手にぶら下げ、
寝たきりの母が待つ家路に向かう夕暮れ時に
私はふとそんなことを考えました。

平成23年 弥生 赤い自転車がパンクしていて・・・>>

◆「致知」は私の大好きな雑誌の一つです。
その致知出版社
http://www.chichi.co.jp
から、

◆何という偶然でラッキーなことでしょう?
実は、師と仰いでいる作家曽野綾子氏との共著が
私が日本帰国する直前,
「完成」したとの吉報が舞い込んできたのです。

タイトルは 「いまを生きる覚悟」
価格は  1470円

日本の一般書店では「3月30日」ごろにお目見えする
とのこと。

というわけで、この本を上梓するにあたって、私の思いを
ここに記載させていただきます。

<<◆鴨長明の「方丈記」の一文に
「朝に死し、夕に生るゝ ならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。
知らず、生れ死ぬる人、何方より來りて、何方へか去る。」
というのがあります。
私は今回の曽野綾子さんとの対談で
ふとこの一節を思い出しました。
...
◆実を言うと第二次大戦の敗戦を6歳で迎えた私には、
荒野をさまよい、命からがら満州から引き揚げた
原体験があります。

これに折り重なるのが
ドイツ連邦議会の近くにある「白い十字架」と、
カイザーヴィルヘルム教会の片隅に飾ってある
「スターリングラードの聖母像」(別名「塹壕の聖母像」)です。

◆「白い十字架」は、
1961年8月13日に突然構築された「ベルリンの壁」
により生き別れになった肉親に会うため、壁を越え西側に逃げようと
して東独の国境警備隊に射殺され命を落とした東独市民のために
作られた十字架です。
その壁が崩壊したのは1989年11月9日、
その間、少なくとも136人が犠牲になり、
中に13歳と10歳の少年の姿もあります。
 
◆「塹壕の聖母像」は、第二次世界大戦における独ソの
スターリングラード攻防戦において、
刻々と迫りくるソ連包囲網の中、
降参して捕虜になるか、
全員自死するかの瀬戸際にあって、
一人の若い軍医が、探し当てた一枚のソ連作戦地図の裏に
乳飲み子を抱いて物悲しげな表情を浮かべている
聖母を木炭で描き、
「光、命、愛」と走り書きをし、塹壕の壁に張り付けた
ものです。

◆これを見た兵士たちは雷に打たれたようにいっせいに起立し、
十字を切り、「聖歌」を口ずさんだといいます。
絵は無事に家族のもとに届けられたものの、
軍医は捕虜となり収容所で病死しました。

◆こうして見ると、人間の命は儚いもので、
生を受けたその瞬間から、常に死と隣り合わせになって
生きていることがわかります。
いいかえれば、明日の命はわからない、
ということでもあるのでしょう。

そんな中で、常に危険と背中合わせにありながら、
70歳余りまで大病一つせず生きてこられた私は
遅まきながらようやく、偶然とはいえ、
この幸運を手にした運の強さに感謝するとともに、
きっとこれは[神]のいたずらに違いないと思うように
なりました。

もっともここまで生きた分、得たもの失ったもの、
数限りなくあります。
人との出会いもそうでした。
[旅は道連れ、世は情け、袖ふり合うも他生の縁]
とはいうものの、
さりとて去っていく者のあとはあえて追うことは
しませんでした.
来る者も拒みませんでしたが、
波長が合わなくなって、自然に離れていくことに、
何の抵抗もありませんでした。

そんな中で、
◆50歳半ば、作家曽野綾子さんとお知り合いになりました。
初対面にして、氏の深い静かなカリスマ性に魅せられ、
すっかりその虜になってしまいました。 
ようやく「真打」に会えたと思いました。

あれからかれこれ16,7年経ちましたが、
今もその思いに変わりありません。
私にとって貴重な人生の大先輩だからです。

今回、その曽野さんと、とてもザックバランな対談の機会を得られたこと、
これも、きっと何か目に見えない力によるご縁のような気がしてなりません。

曽野さん、ご多忙のところありがとうございました。

とともに、上梓にあたって、いろいろとお世話になりました
「致知」社の編集者の方々にも心からお礼申し上げます。
2012年3月
フランクフルトにて     クライン孝子>>

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_21世紀を迎えた今世界は混沌としています。日本もその渦て
政治経済ともに、国際的視点に立脚し欧州からの情報収集が不可欠に
なってきています。欧州の国際情勢を日記風にまとめドイツ滞在歴
40余年の経験を生かし、現地よりレポートします。
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メルマガ発行者: クライン孝子 (フランクフルト在住 )
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